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東京地方裁判所 平成4年(ワ)19816号 判決

原告

並木義雄

ほか一名

被告

三井海上火災保険株式会社

主文

一  被告は原告ら各自に対し、金五三万七七六三円をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実

1(事故の発生)

並木田鶴子(以下「亡田鶴子」という。)は、左の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

〈1〉  日時 平成元年三月一四日午前五時一〇分ころ

〈2〉  場所 東京都文京区千石一―六先路上

〈3〉  加害車両 福本繁(以下「福本」という。)の運転に係る同人所有の普通貨物自動車

〈4〉  事故状況 福本は、前記日時・場所において、飲酒の上、加害車両を運転し、同車の左前部で亡田鶴子を跳ね飛ばし、同月一六日、同人を死亡させた。

2(保険契約の締結)

被告は福本との間で、昭和六三年一一月一四日、本件加害車両につき、保険期間を同月一五日から平成二年一二月一五日までとする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

3(原告らの相続)

原告並木義雄は亡田鶴子の夫であり、同並木義巳は亡田鶴子の子であるところ、原告らは、亡田鶴子の死亡により、同人の相続人として、同人の権利義務を法定相続分である二分の一の割合で承継した。

4(保険金の支払請求)

(一) 原告らは、平成元年四月一四日、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づき本件事故による亡田鶴子の死亡に伴う損害について、死亡保険金二五〇〇万円及び傷害保険金相当額の支払請求をした。

(二) 被告は、平成元年六月二〇日、原告らに対し、本件事故による亡田鶴子の死亡及び死亡に至るまでの傷害による損害について、支払保険金額が金一三九一万一一八〇円である旨の通知をし、原告らは、平成二年一月三一日、被告から、損害金の内払いとして右金一三九一万一一八〇円の支払いを受けた。

(三) 一方、原告らは、平成二年一月、福本を被告として、本件事故につき損害賠償請求訴訟(当庁平成二年(ワ)第八一五号事件)を提起したところ、平成二年一〇月一八日、金二七〇七万円(受領済みの保険金一三九一万一一八〇円を控除した残額)の請求を認否する判決が言い渡され、右判決は確定した。

(四) 原告らが被告に対し、再度、自賠法一六条一項に基づく損害賠償額の支払請求したところ、被告は、平成三年二月二〇日、原告らに対し、本件事故による亡田鶴子の死亡による損害について、追加支払額が金一一八七万七九九五円である旨の通知をし、原告らは、同年三月四日、被告から、右金一一八七万七九九五円の支払いを受けた。

二  争点

本件の争点は、自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務の履行遅滞となる時期である。

1  原告らの主張

自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項により、保険会社が被害者から履行の請求を受けた時に遅滞となる。そこで、原告らは被告に対し、追加支払額である金一一八七万七九九五円に対する原告らが支払請求をした日の後である平成元年五月一日から右金員の支払通知がされた平成三年二月二〇日までの年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被告の主張

追加支払額に対する遅延損害金の支払いを求める原告らの本訴請求は、以下の理由により失当である。

(一) 債務者は請求を受けた債務の内容が具体的に特定していなければ履行のしようがないから、民法四一二条三項は、履行すべき債務額が具体的に特定していることを前提としていると解すべきである。そこで、被害者、加害者間の損害賠償請求訴訟において被害者の損害賠償額が適式に確定した上で、被害者が自賠法一六条一項に基づいて請求したときは、保険会社は請求を受けたときから遅滞の責に任ずると解すべきであろうが、それ以前の請求については、保険会社は遅滞の責を負わない。

(二) 自動車損害賠償責任保険の損害の査定は、保険業法所定の大蔵大臣の認可を受けた事業方法書の一部を構成する「自動車損害賠償責任保険損害査定要綱」(以下「査定要綱」という。)に準拠してされるのであるから、保険会社が、被害者の請求に対し、査定要綱に適式に準拠した損害査定額の支払いをしている限り、その損害査定には何らの違法、過失がないというべきである。そこで、後日、被害者、加害者間の損害賠償請求訴訟の判決等において保険会社の査定した損害額を上回る損害額が認容されたとしても、その差額について保険会社が被害者の請求時に遡つて履行遅滞の責を負うべきいわれはない。

第三争点に対する判断

一  自賠法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する損害賠償額支払請求権は、交通事故による被害者を保護するという自動車損害賠償責任保険の趣旨に則り、法の規定により認められたものである。そこで、右請求権は、自賠法三条の保有者の損害賠償責任の発生した時点において期限の定めのない債務として成立し、民法四一二条三項により保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時に遅滞に陥るものというべきである。

これに対し、被告は、第二、二、2、(一)のとおり主張するが、右に述べたように、被害者の保険会社に対する損害賠償額支払請求権は、自賠法三条の保有者の損害賠償責任の発生した時点において期限の定めのない債務として成立するのであるから、被害者はいつでも履行の請求をすることができるのであり、判決等により損害賠償額が確定した上でされた履行の請求でなければ、履行遅滞の効果を生じないとする法的根拠はないものというべきである。

また、判決等により損害賠償額が確定したことを履行の請求による履行遅滞の効果の発生要件とすると、保険会社の査定額に不服のある被害者は、保険会社に対する損害賠償額支払請求訴訟を提起するなどして、確定判決等を得なければ、保険会社をして遅滞の責を負わせることができないこととなる。しかしながら、このような帰結は自賠法の旨とする被害者の救済の趣旨に合わないものであり、被告の右主張は採用することができないのである。

次に、被告は、同(二)のとおり主張するが、金銭債務については、履行遅滞が債務者の責に帰すべき事由に基づかないこと、すなわち、履行遅滞につき債務者に故意、過失がないことを理由に免責を主張することはできないのである(民法四一九条二項)から、保険会社自体に履行の請求を受けた時から現実の支払いまでの遅延につき落度がないとしても、これをもつて遅延損害金の支払いを免れる理由とはならないのである。

なお、被告は、査定要綱に適式に準拠した損害査定をすることが、被害者に対しても何らかの法的効果をもたらすとの前提に立つて主張するようにも見受けられるので、以下、付言する。確かに、査定要綱という客観性のある統一的な基準によつて損害査定をすることには、被害者間の衡平を確保する観点からも合理性があることはもちろんであるが、そもそも査定要綱による損害査定について法律上の根拠を有しない以上、この損害査定をもつて、保険会社と被害者との間の損害額が確定するなどの法的効果があるとか、被害者に対して何らかの法的拘束力があるということはできないものというべきである。

そこで、被告の右主張はいずれも理由がないというべきである。

二  以上の次第で、原告らの追加支払額である金一一八七万七九九五円に対する原告らが支払請求をした日の後である平成元年五月一日から右金員の支払通知がされた平成三年二月二〇日までの年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は、理由があるものというべきである。

(裁判官 金子順一)

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